一生の仕事
自分の作品を読み返さぬ日はないと言っていい。
書斎の手近な場所に全著作を収めた棚があり、読書や執筆に倦んだときには適当に一冊を抜き出して読み始める。退屈して寝てしまうときもあれば、仕事をそっちのけでで読了してしまうこともある。
まさかナルシストではない。復読に耐えるほどたいそうな(41)。わが子はよその子よりもかわゆいと思う親の情である。
読みながら勝手に感心したり、あきれ果てたり、(42)。
気に入らない点があるのなら書き直せば良さそうなものだが。どうしてもできない。単行本を文庫本するときですら。校閲上の明らかな誤りの他にはまず筆を入れるということがない。横着なわけではなく、読めば読むほどその文章を書いていたころの自分を(43)のである。いくらか齢を食ったからといって、齢なりに懸命であったおのれの文章を滅ぼすことは忍びないし、その問いに得たものも多いが喪ったものもまた多かろうと思えば勇気も要る。
出来栄えのいかんに関わらず、自分なりに全きをめざしていたのである。そうした過去の自分には敬意を払い続けねばならないし、また同時に現在の自分は、未来の自分に恥らぬ小説を書かねばなるまい。一生の仕事(44)そうしたものであろうと思う。
かにかくに、この短い文章もいつか読み返して愕然とするのであろうが。
(注1) 倦(あぐ)んだ:疲れた
(注2) 齢(よわい):年齢
(注3) 喪(うしな)った:失った